山梨県一宮町は日本一の桃の産地です

好条件が重なって美味しい桃ができるんです。それは… 一宮町は、桃を栽培するのに適した風土だからです。

* 地形 … 当農園は、金川扇状地の左岸下流の平坦地に位置しています。扇状地に果樹園が多いのはなぜか?必要以上に水が多いと根腐れし、病気になったりします。水はけが良い一宮町は場所は、桃が育つのに最も適しています。与える水が少ないほど、果実の甘味が濃縮され、甘くなる品種もあります。

* 土地 … 一宮町の土壌は、砂が多くて排水が良く、地面の温度が高まりやすく、有機物の分解が早いです。 なかでも、当農園の土は、粘土質で上流から流れてくる、ミネラルを含み栄養分がたっぷりです。根に栄養量の多い桃に適した産地になります。だから、この土地で作られた桃は、美味しく食べていただけます。

* 気候 … 桃の味は、土地が乾き、雨が年間を通して少なく、昼間と夜の気温差が大きいほど良くなります。 一宮の年平均気温は14度、降水量は、年1300ミリを示しています。最高気温の平均は20度、最低気温の平均は、8.5度で桃の栽培に適している土地です。よって、桃の栽培の適地と言えます。だから、美味しい桃をお届けできます。

一宮町の桃の歴史

桃は、縄文時代に中国から岡山県に伝わったと言われています。一宮町は、明治初期から養蚕場所として盛んでした。特に品質が優れた繭を生産していました。農地の70%は桑畑で農家のほとんどは、養蚕収入でまかなわれていました。一度大きな不況に見舞われて、養蚕、に変わる作物は何かないかと、いろいろ研究されました。一宮町に住んでいた一人の男性が、当時、桜桃の栽培をしていて青果市場との取引がありました。その男性は、東京の青果市場を見て、岡山、神奈川、静岡などの桃の産地から出荷されてくる桃に目を付けました。そして、昭和5年に岡山県から一宮町に桃を導入し、栽培を始めました。

昭和9年から25年の間に、町では桃栽培の熱意が急激に高まってきました。昭和25年に、桃栽培の権威である3人の博士を県外から招いて、一宮町で講習会が開催されました。そのとき博士から、一宮は桃の栽培に最適地であると言われました。これが桃栽培者に与えた影響はとても大きかったのです。町の栽培者に一大奮起を促しました。桃栽培に対して、町の人々に自信と勇気をもたらしたものと思われます。昭和25年、一宮町は田と桑畑がほとんどを占めていました。しかし昭和40年になると、ほとんどが果樹園に変わりました。

このように、一宮町の果樹栽培が戦後飛躍的に大発展を遂げました。米麦、養蚕を主とした農業経営から、果樹中心の農業経営に一大転換したことは、全国でもとても珍しいことです。驚異的に発展したことは、自然条件に恵まれて品種の優秀な桃を生産できたからです。それと同時に町の人々の桃栽培に対する熱意と努力は、とても大きかったのです。栽培技術の研究、出荷販売、市場の獲得等など並々ならぬ苦心の結果だったのです。

『一宮町誌』より

桃の産地だとよくわかる!? 現在の一宮町

山梨県一宮町の金川(かねがわ)にかかる中原橋の両端には、大きな桃があります。
橋の両脇に桃があります。橋を渡った向こう側にもあるので合計4つの桃があります。

金川の桃

金川の桃

金川の桃

金川の桃